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2013年5月20日月曜日

学校のトイレ改修に際して


<現状の問題点>

学校のトイレは排泄するためだけの空間では無い。昇降口や廊下などのように必ず一日のうち一度は利用はするが、ただ通り過ぎる空間でもなく、少しの時間はそこに滞在する。そこは、学級、学年を超えて顔を合わせるちょっとしたコミュニケーションの場であったり、みんなが気持ちよく使えるように、生徒一人一人がみんなを思いやる気持ちを培う場であったり、ルールを学ぶ場でもあるはずである。がしかし、これまでの学校の既存トイレは「臭い」「汚い」「暗い」という言葉で表現され、うまくその機能を発揮出来ないでいる。
一体「臭い」「汚い」「暗い」の原因はなんなのであろうか。経年変化による劣化や破損はもちろんあるが、まず考えられる原因としては以下の事が考えられるだろう。

●今までのトイレの便器は和式便器が多く採用されているが、和式便器は洋式便器に比べ便器外排泄の可能性が高い。それが床と便器の廻りや隙間に残り臭いの原因となっている。

●旧型の小便器は足下まで便器がカバーする低リップ型でないことが多く、便器外に小便が行き易く、そのため汚れ易く臭いの原因となる。

●床をデッキブラシなどでこすり、浮き上がった汚れを水で洗い流すいわゆる湿式清掃のトレが多いが、この方式は便器外排泄の場合洗い流せるというメリットはあるが、清掃後の水分によりカビや雑菌繁殖の好環境となり臭いの原因となっている。長年にわたり蓄積した床タイル目地(モザイクタイルが多いのでその分目地も多い)の汚れは日常レベルの清掃での対処は難しい。

●床タイルの目地に付着沈着した黒ずんだ汚れが、空間全体を暗くじめじめした暗い印象を与えている。

●照明は天井の全般照明だけのところが多く、ブース内に明かりが届かず物理的に暗い場合がある。


<その対策>

日常生活には必要不可欠で教育的側面や公共の精神や自立心を育む絶好の空間が、「臭い」「汚い」「暗い」という負のイメージで敬遠されている。その問題点を解決し、清潔で機能的で明るく快適な、みんなが利用しやすいトイレにするにどういった方法がよいのか。また、生徒の健康管理や今後増えるであろうインフルエンザ、ノロウィルスなどからの疾病予防の観点からもトイレや手洗設備は学校内の重要な施設として位置づけられることが考えられるので、合わせてその点からもその方策を考えてみたい。

●床の乾式清掃化
土足で使用する駅や公園のトイレは、土ぼこりなどを洗い流す湿式清掃が適しているが、学校は上足であるので土ぼこりなどの汚れはあまり気にならない。現在採用の多い湿式清掃が皮肉にもカビや雑菌を繁殖させているので、清掃方法を衛生的な乾式清掃に変える。その場合は、出来るだけ清掃がし易い床材を選定し、汚れが残らないように目地などは極力なくすようにする。

●便器の洋式化
臭いの原因となる和式便器をできるだけ洋式便器にする。その場合、直接便器と肌が触れるのを嫌う生徒児童もいるので和式便器をある一定数残す事も考慮する。

●巾木換気の採用
臭いは、ほとんど床付近(床と便器の取り合い、床タイルなどの目地)で発生するが、壁・天井付の換気扇では、室内に臭気が拡散してしまう。上記臭いの発生源をなくす工夫をしても防ぎきれない臭いは、拡散前に発生源近くから臭気を排出することが効果的である。人間の鼻に届く前に換気してしまうのが肝要である。

●自然光の確保と全般照明、間接照明の併用
学校のトイレ利用はほとんどの場合昼間に限られるので、空間全体の明かり取りは自然光をメインとし、足りない部分を天井の全般照明で補う。またブース内には補助照明として間接照明を採用する。外壁へ新たに開口を設けるのは困難を伴うため、既存窓を有効活用し、ブースなどがかからないようにプラン作成時に配慮が必要である。また、窓を段窓にし一部ガラリとして吸気を確保してる例が多いが、トイレ入口をオープンにする事によりガラリが不要となり、その分ガラスとし採光面積を増やす事も可能となる。

2012年9月5日水曜日

邂逅

次男が通う高校で職業を聞く会の講師募集をするというので、手を挙げさせていただいた。進路選択をする際、身近な対象から選びがちになるので全校生徒の父兄から幅広く募集しているとのこと。

私の場合、「建築」という種が心の中に蒔かれたのは、小学校3年のときに父親が自宅の新築をしたときのような気がする。学校から帰っては大工さんの仕事を飽きずに見ていた。鉋から出てくる向こうが透けるぐらい薄い布のような鉋屑やきれいに揃った道具たちに釘付けになった。

高校でその先の進路を決める際、コンピューターの道か建築の道かを迷った時期があったが、建築を選んだ。あれから30年。道は自分で選んだ(つもり)だが、その道程で遭遇することはまさに邂逅。思いがけない出会いやめぐり合わせの結果が今を形づくる。

職業に就く動機やきっかけは人それぞれであるが、待っていては出会いはなく、巡るものも巡っては来ない。いろんな経験をして引き出しをたくさんもつことが大事だと子供たちに伝えるつもりだ。


2010年11月8日月曜日

都市の「里山化」

青山の国連大学前で開かれている「Farmer's Market」へ休みを利用し行ってみた。毎週土曜日に開催されているらしい。普段あまりお目にかからない種類の色とりどりの野菜や果物ほか農産物が並んでいる。無農薬、無化学肥料など栽培方法にもこだわりを持った生産者が自ら店を出しここで売っている。実際に作っている方と会話しながらの買い物は楽しいし、見て廻るるだけでも飽きない。


行き過ぎた都市化は生き物としての人間を狂わせる。
土に触れ緑の中で暮らしたい。光や風を受け、季節を感じながら生活したい。
と自然の一部である人間の本能が訴え出している。


都市の利便性を損なわずにもっと自然を感じられる街作りはできないものか。
技術は人間を自然から遠ざけるものではなく、人間と自然をつなぐ架け橋に使われるべき。


都市の「里山化」で人々は輝き出す。
http://www.taro.org/2010/11/post-843.php

2010年3月21日日曜日

種を蒔く

以前出演した「ビフォーアフター」を見たという中学2年生3人が、山口県から修学旅行の一環で当方を訪ねてくれた。「夢を達成させるために大切なこと」をテーマに修学旅行中に東京の企業などに話を伺う訪問活動である。


私は住宅の設計の場合、「家族が笑顔になる住まい」を心掛けているが、そこが特に興味があるらしく当日訪問の主なテーマとなった。社会を構成する最小単位である『家族』に笑顔があふれ、深い絆で結ばれることが出来れば、ひいてはその地域、日本全体が住みやすい社会につながっていく。そのために建築というものを通して貢献したいのだ、というようなことを伝えた。


建築は奥が深く、一筋縄ではいかない。人ある限り必ず建築が必要になる。
何にでも興味を持ち一度はやってみること。引出しを増やし蓄えること。感じ、話し、そして継続すること。彼らの一生懸命に熱心にメモをとるその姿はとても頼もしかった。


ふと時計を見ると、ぼくらに与えられた時間はあっという間に過ぎてしまった。


名残惜しくお代わりのジュースとお菓子を差し出すとそこは中学生、「ありがたいっす!」と言って顔をほころばせた。大人になったら、酒を飲みながら建築談義に花を咲かせたいものである。





今日は、建築の「考え方」の種を肥沃な土にそっと蒔いた、そんないい一日だった。

2010年2月12日金曜日

未来の建築家へ


メール拝見しました。

人に自分の考える空間を伝える場合、当然図面や模型、最近ではコンピューターを使ったCGや3Dモデルなどが考えられますが、手書きの絵もまた重要な技術になります。ただ、芸術的な絵のうまさというのは特に必要ないと思います。(うまいに越した事は無いですが)

ただ、これはテクニックの話で、考える建物が陳腐な物では話になりません。

建築は非常に奥が深い物です。人の行為は全てといっていいほど建築が関係してきます。どんな仕事もそうですが、建築の設計という仕事は相当に総合的な能力が必要になります。

まず今の君がやらなければならない事は、建築に限らず何事にも好奇心を持って、(音楽や文学や美術や歴史やスポーツや恋愛や・・・)いろいろな事を自分で「感じる」習慣を付ける事です。
そのインプットした数が多ければ多いほどアウトプットする量も質も充実したものになります。

よく聞く言葉だと思いますが、継続が一番です。ゆっくりでもいいから絶対にやめない事。そうすれば必ず建築の神が君に微笑むと思います。

それから番組でやったような仕事というのは、会社組織に属していようが個人で独立していようが関係ありません。ちなみに、番組で放送された部分というのは設計から竣工・引渡までのある一部分だけを切り取った物で、実際にはその裏に膨大な検討、作業、打合せがあるのです。

このように積極的にコンタクトをとろうとする君ですから、志も高いのだろうと思います。また何かあったら連絡ください。

期待してます。未来の建築家。


2010年2月10日水曜日

見つけ出す


私は設計する時にいつも、どうすればこの家族の絆が深まるかという事を考えます。それには、家族間の「コミュニケーション」がとても重要になりますので、家族のコミュニケーションが深まるようなプランやデザインを積極的に設計の中に取り入れていくようにします。

料理や食事が楽しくなったり
ゆっくりリラックスして入浴できたり
寝るのが楽しみになったり
勉強がはかどったり
帰宅が待ち遠しくなったり
庭いじりが好きになったり
友達を呼びたくなったり
夜空を眺められたり、四季を感じられたり

そんな空間をみなさんとのざっくばらんな話の中から見つけていきます。

興味があることや好きなこと
趣味やこれからの夢
どこかへ行ったときの思い出や
休みの過ごし方など
なんでも結構です。お話しください。

世界中に同じ家族は二つとしてありません。
同じようにその家族が住む住まいも同じものは二つとしてありません。
その家族に合った住まいの形を見つけ出すのが私の仕事だと思っています。

2010年1月27日水曜日

家を建てるということ



家を建てるという事はただ単に物理的に建てるということではなく、自分とは何なのか、自分たち家族は何なのか、そしてどこをめざしたいのかという根源的な問いを考えるいい機会を与えてくれている気がします。大げさに言えば、家を建てるというのはその人の「人生」そのものを考えるという行為なのかも知れません。

まず設計の始まりは間取りから入るのではなく、その家のコンセプトを探す事から始まります。自分たちにとって気持ちがよく快適で安らげるのはどんなシーンなのかイメージします。それがその家のコンセプトの種になります。コンセプトとはその家の考え方を貫く骨格となるものです。それが発見できれば、その家の設計はほぼできたのも同然です。あとはそれを枝分かれさせ、膨らませ、まとめていけばいいのです。

あなた方家族の思いをぶつけてください。
私が道案内いたします。